アフリカで物乞いがウンコを投げてきた。
僕が旅に出る理由は、大体100個くらいあって
そのうちの1つは「衝撃」を受けるためである。

ついさっきまで持っていた価値観を根底から覆される瞬間。
今までの経験を積み上げて作られた「自分」が粉々に打ち砕かれる瞬間。

そんな一瞬を求めて旅をすると言っても過言ではない。

悲しいかな、人間は刺激に慣れてしまう生き物である。
さらなる刺激を求めて旅は続くのである。

だから旅は終わらないのだ。

なんつって。

初めての一人旅、東アフリカで覚えた数少ないスワヒリ語の一つに
「チョコラ クルシャ マヴィ」というのがある。

「ストリートチルドレンがウンコを投げる」という意味だ。

初めてその話を聞いたときの衝撃は、
生まれて初めて「物乞い」という存在を知ったときのそれよりも激しかった。

「おとなしく金を渡すか、それともこのウンコを喰らうか?」
とウンコを片手に金を請求してくる物乞いがいるんだそうだ。

それはもう物乞いではなく、「強盗」だろう、と。
もはや、テロだろうと。
物乞いではなく、テロリストだろうと。

居候させてもらっていたケニア人家族のちょうど僕と同じ年の女の子が
ある日、怒りに震えながら帰ってきた。

彼女は物乞いにお金を渡すのを拒否して、
「これでも喰らえ」とウンコを投げつけられたのだった。

頭の中でシミュレーションがスタートする。

「ある日、もしも物乞いがウンコをちらつかせながら金を要求してきたら」

そしてそのある日は意外と早くやってきた。

ナイロビの路上でその現場を初めて見たとき、
通常これほどの事件に遭遇すると呆然と立ち尽くすものなのであろうが、
そのときの僕はただ笑いながら逃げるしかなかった。

シミュレーションでの僕は戦争フォトグラファーもさながらに
冷静にカメラを取り出し目の前のウンコ事件の一部始終を切り取ってやろうなどと
まるで自分がザ・ワールドで時間を止められるかのような立ち振る舞いであったが、
いざとなってみればライオンに出会ってしまったヌーの群れのように
逃げることだけが精一杯だった。

ただ、笑っていた。

今僕は毎日雑貨屋の店番をしている。

雑貨屋の中からガラス越しに観える範囲の世界はいつもどおり平和だけど、
海の向こう側、黒い大陸では今日もいつもどおりライオンがヌーを襲い、
ときどき物乞いが通行人を襲いウンコを投げているかと思うと
ただ、笑ってしまうのである。