スナフキンの名言集【大切なのは自分のしたいことを自分で知っていることだよ】

ムーミン谷の名言シリーズ1 スナフキンのことば [ トーベ・ヤンソン ]

孤独になるには、旅に出るのがいちばんさ。

だめだよ。僕は孤独になりたいんだ。来年の春、また会おう。

長い旅行に必要なのは、大きなカバンじゃなく、口ずさめる一つの歌さ。

僕は物心がついたときからたった一人で旅を続けてきた。
多分、これからもそうするだろう。それが、僕にとっては自然なことなんだ。

旅のことば集【旅のことわざ 旅人の名言 旅の句など】

スナフキンの名言を集めました

– 嵐の中にボートを出すばかりが勇気じゃないんだよ

– 大切なのは、自分のしたいことを、自分で知っていることだよ

– いつもやさしく愛想よくなんてやってられないよ。理由はかんたん。時間がないんだ

– 『そのうち』なんてあてにならないな。今がその時さ

– 途中、無駄足をくってはだめだよ、おそれずに進むんだ

– 冒険物語じゃ、かならず助かることになっているんだよ

– おまえさん、あんまりおまえさんがだれかを崇拝したら、ほんとの自由はえられないんだぜ

– みんなと同じことをするのはたやすいことだ

– 自由が幸せだとは限らない

– 生きるっていうことは、平和なことじゃないんですよ

– あんまり、おおげさに考えすぎないようにしろよ。なんでも、おおきくしすぎちゃだめだぜ

– 僕は世の中のこと全てを忘れて暮らせたらどんなにいいかと思ってるんだ

– 気が向けば、帰るさ。もしかしたら帰らないで、べつのところへ行くかもしれない

– ものは、自分のものにしたくなったとたんに、あらゆるめんどうがふりかかってくるものさ。運んだり番をしたり…。僕は、なんであろうと、見るだけにしている。立ち去る時には、全部、この頭にしまっているんだ。そのほうが、かばんをうんうん言いながら運ぶより、ずっと快適だからね

– ものの持ち過ぎで苦しむのは、自分だぞ

– 僕のものではないよ、だけど僕が見ている間は、僕のものなのかもね

– 昔ある所に、自分の持ちものをとても愛している奥さんがいた。奥さんは喜びも悩みもなく、働いたり食事を作ったりする必要もなかった。他の人がどう思うかなんて気にもしなかった。だけどね、奥さんは、遊び心というものを失っていた。つまり、とてもさびしい毎日をすごしていたんだ

– その奥さん、親戚は多いし知り合いも沢山いたんだ。でもね、言うまでもなく”知り合いが沢山居たって友達が一人も居ない”って事は有り得るんだよ

– 心の繋がった仲間こそ、ルビーにも勝る美しいルビーさ

– 世の中にはね、自分の思い通りになってくれない相手のほうが多いんだよ。おべっかばっかり使って友達になろうとするやつも同じくらい多い。だけどムーミン、僕はそんなやつが大嫌いさ

– 計画はあるにはあるよ。でも、ぼくがひとりっきりでやることなんだ。わかるだろ

– もうじき、ぼくはまた旅に出るんだ

– 春のいちばんはじめの日には、ここへかえってきて、またきみのまどの下で、口笛をふくよ

スナフキン研究室

みんなの憧れ、自由な旅人スナフキン先輩の研究。
プロフィールや初登場シーン、家族のミムラ一族について調べて見ました。
スナフキン先輩はどうも人間じゃないみたいなので「旅人」というのはおかしいのかも。

スナフキン先輩は人間じゃない

スナフキン先輩はムーミン谷のムーミントロールの親しい友人で、人間のような外見をしてはいますが、尻尾があるなど、一部のイラストでは明らかに人間とは異なる特徴を持っています。キャラクターの外見は、アニメ「ムーミン」で黄色のコート、黒の帽子、赤いスカーフ、そして茶色のショートパンツを着用している姿で知られています。しかし、1972年のバージョンでは、髪が描かれ、帽子はオレンジがかった茶色で、花の冠をつけており、ショートパンツが黒に変わり、身長が高くなっています。「楽しいムーミン一家」では、緑のコートと藁帽子、黄色いスカーフを身につけ、1969年のバージョンに比べて身長が低くなり、肌色も変わっています。映画「劇場版ムーミン 南の海で楽しいバカンス」では、緑のコートと帽子を着用し、肌色が灰色になっています。スナフキンは英語名であり、スウェーデン語では「スヌスムムリク」と表記されます。

スナフキンの本名はスヌスムムリク(タバコ野郎)

スナフキンの日本名は英語のSnufkinから音訳されたもので、英語のスナッフ(嗅ぎタバコ)から来ています。スウェーデン語の名前「スヌスムムリク」は、「スヌス」(北欧のかぎタバコ)と「ムムリク」(親しみを込めた「あいつ、野郎」の意)から成り、「嗅ぎタバコ野郎」という意味を持ちます。しかし、名前の由来とは異なり、原作やコミックス、アニメ『ムーミン』では、スナフキンが嗅ぎタバコを使用する場面はなく、主にパイプで葉タバコを吸う描写があります。『ムーミン谷の夏祭り』では、森の子供たちから贈られたラズベリー風味のタバコを日曜日に吸うシーンがあります。アニメでは、ムーミンパパと同様にパイプをくわえる姿が描かれていますが、『楽しいムーミン一家』の完成品ではタバコを吸う描写はありません。しかし、トーベ・ヤンソン生誕100周年を記念して製作された『劇場版ムーミン 南の海で楽しいバカンス』では、パイプをくわえている姿が見られます。音楽面では、アニメ『ムーミン』ではアコースティックギターを弾き歌うスナフキンが登場しますが、原作、小説、コミックス、およびアニメ『楽しいムーミン一家』では、ハーモニカを吹くシーンが多く、歌う場面はありません。原作小説ではアコーディオンを弾く挿絵も存在し、黒い手袋をはめているため、手が黒く描かれています。

シリーズで微妙に違うスナフキンのキャラクター

自由と孤独、音楽を愛する旅人として描かれるスナフキンは、所有することを嫌い、クールな性格です。原作では理知的だが人付き合いが苦手で、心を許すのはムーミンを含むごく限られた人々だけです。他人、特に『ムーミン谷の十一月』で登場するヘムレンなどに対しては無愛想な態度を取ります。立て札を嫌い、その怒りをぶつける場面も見られます。しかし、『ムーミン谷の夏まつり』では、やむを得ず24人の孤児の世話をする優しい一面も見せており、彼らからは「スナフキンおじさん」と慕われています。

コミックス版のスナフキンは、原作に比べてやや外向的な性格を持ちながらも、自身が嫌う人物がムーミン家を訪れると、こっそりと逃げ出す傾向があります。昭和アニメ『ムーミン』では、理知的かつ静かな大人のキャラクターとして描かれ、初登場は「ひみつの泉はどこにある」のエピソードで、おさびし山への登山を検討している際に川辺で釣りをし、ギターを弾きながら歌うシーンでした。平成アニメ『楽しいムーミン一家』では、ムーミン家族以外の人々にも無愛想にならず、友好的に接する姿が見られます。彼はよく知恵を出して事件解決に貢献し、信頼される存在として親友のムーミンをはじめとする周囲から好かれています。番組が進むにつれて、「子供たちのお兄さん」的な立場や大人の一員として、ムーミンパパやママを含む大人たちからも「スナフキンがいれば安心」と頼りにされるようになります。自分の意志を尊重し、他人の意見に流されない姿勢を持ちつつ、ムーミンとの友情を何よりも大切にする姿が随所に描かれています。飛行おにや魔女クラリッサなど力を持つキャラクターに対しても堂々と対話し、仲間が危機に瀕した時は迅速に行動に移します。

スナフキン初登場

スナフキンは、『ムーミン谷の彗星』で初めて登場し、おさびし山の天文台へ向かうムーミンとスニフがキャンプ中の彼に遭遇し、道案内をすることから彼らとの交流が始まりました。彗星からの避難をきっかけにムーミン谷に住むようになるものの、基本的には冬眠せず、冬が近づくと南へ旅立ち、春になるとムーミン谷へ戻ってきます。ただし、『たのしいムーミン一家』ではムーミンと共に冬眠するシーンもあります。

アニメの初登場シーン

ムーミンとスナフキン 初めての会話

ところで君 なんていうの?  「スナフキン」
どこからきたの? 「あっちさ」
どこ行くの? 「こっちさ」
こっち? 「あてはないのさ。気の向くまま風の吹くまま、ぶらぶらとね」
へー、変わってるんだなぁ。君の国はどこ? 「故郷は別にないさ。しいて言えば地球かな」
寂しくないの? 「ときにはね。でも俺には旅があるよ」
旅? 「そう俺は決めたんだ。世界中を歩いてみようとね。いちど決めたら最後までやり抜く。それが俺の人生さ」

ゴッドファーザーとしてのスナフキン

はい虫(クリュープ)は、様々な外見を持つ小さな生物で、森の中などで集団生活をしています。同じ「はい虫」という名前で訳されているクニットとは全く異なる存在です。書籍『ムーミン谷の仲間たち』や1990年版のアニメーション『楽しいムーミン一家』に登場するはい虫は、毛むくじゃらの動物のような外見をしており、スナフキンは「ティーティ=ウー」という名付けました。

ティーティ・ウーっていうのはね、たのしそうにはじまって、とてもせつなくおわるんだ(ムーミン谷の仲間たち)

スナフキンの家族

スナフキンの父はムーミンパパの友人であるヨクサル、母は「ムーミンパパの思い出」によると「あのミムラ」とされています。また、『ムーミン谷の仲間たち』では「母親のおば」の存在も語られています。

感動的だなあ。ぼくは、こんなにすばらしいパパの息子だったって、いまはじめてわかったんだ。そのうえパパは、まるでもう、ぼくそっくりじゃないか!(ムーミンパパの冒険)

ミムラ一族

スナフキンの母親がミムラ一族出身であり、ミイが親戚であることは原作小説で確認できますが、ミイが年上であるにも関わらず、アニメ作品ではこの家族関係について言及されていません。特に、ミムラ姉さんとの間では他人行儀な会話が交わされるのみで、劇場版『ムーミン谷の彗星』では、スナフキンとミイが初めて出会うシーンが描かれています。そのため、アニメ『楽しいムーミン一家』では、ミイにデートに誘われたスナフキンが驚き、橋から川に落下し、浅瀬であるはずの川に潜ってしまうエピソードがあります。この出来事の後、スナフキンはミイを見ると逃げるような態度を見せることもあります。

ママミムラ(ミムラ夫人)

ママミムラ(ミムラ夫人)は、ミィやミムラ姉さんの母親で、彼女たちと同じように玉ねぎのような髷を結った、かなり大柄で丸々とした体型をしています。原作小説と漫画では顔が若干異なり、小説の挿絵では先端が球状の触角が生えていますが、漫画版ではこれが省略されています。また、原作では彼女と娘たちは単に「ミムラ」と呼ばれることが一般的です。『ムーミンパパの思い出』では、丸い丘の国の粗末な家に住み、夫はいないものの35人以上の子供を持つ子だくさんの女性として描かれています。ミィやミムラ姉さん、そしてスナフキンの母ともされています。漫画『ムーミン家をたてる』では、ミムラ姉さんを訪ねるためにムーミン家に17人以上の子供を連れてきて、彼女自身に悪意はないものの、いたずら好きな子供たちによって家が乗っ取られてしまいます。家が火事で焼けたために、ムーミンが建てた家に引っ越すという展開になっています。ミムラ姉さんが家を出た後もさらに子供を産んでいますが、夫の登場はありません。アニメ『楽しいムーミン一家』では、漫画版のエピソード45と小説版のエピソード63・68に登場し、それぞれのバージョンに準拠した容姿で描かれています。また、エピソード45ではオチが異なり、最終的に子供たちがムーミンが建てた別の家を気に入り、そちらを乗っ取る展開になっています。その他の親族として、『ムーミン谷の仲間たち』には「ミィの祖母」が登場しますが、彼女がママミムラの母親なのか夫の母親なのかは明らかにされていません。また、「スナフキンの母親のおば」も物語に登場しています。

ミムラ姉さん

ミムラの娘は、ムーミンパパが幼い頃に出会った人物で、原作『ムーミンパパの思い出』では若い時のミムラ姉さんとして登場し、外見は彼女と大差ないものの、アニメ版では大きさと目を除いてミイに非常に似ています。特に悪戯好きで嘘をつくため、ミムラ夫人によって園遊会に連れて行ってもらえなかった際にムーミンパパとその仲間たちと知り合いました。原作の挿絵ではミムラ族が尻尾を持っていることが確認できますが、アニメ版ではそのような描写はありません。また、『ムーミンパパの思い出』以降の小説や漫画では、ミムラ族の尻尾が見える描写はありません。

ミイとスナフキンの関係は?

ミイはミムラ一族の一員で、ママミムラ(ミムラ夫人)の20番目の子供です。彼女たちミムラ族の女性は、特徴的なタマネギのように結った髪型をしています(男性は逆立ったような短髪)。アニメ『ムーミン』では、黄色いワンピースに赤いスカーフを身につけており、『楽しいムーミン一家』では赤いワンピースに桃色のスカーフをしていますが、黒い手袋をはめているため手が黒く見えます。ミイには他に34人の兄弟姉妹がいます。原作によると、ミイはヨクサルとミムラ母娘が出会い、スナフキンが生まれる以前にミムラ夫人から生まれたことが示されており、ムーミンたちよりも年上です。ということで、スナフキンはリトルミイとミムラねえさんの異父弟ということになります。彼女の名前「ちびのミイ」は、他の兄弟姉妹と比べて大きく成長しなかったことに由来しています。一人称はアニメ『ムーミン』では「ミイ」、『楽しいムーミン一家』では「あたし」、原作では「あたい」となっています。

TOVE/トーベ【ムーミンの作者トーベヤンソンを描いた映画】

TOVE/トーベ【ムーミンの作者トーベヤンソンを描いた映画】

人気スナフキングッズ

スナフキンの名言集(書籍)や水筒などが特に人気のようです。
スナフキン名言ノート

スナフキンのモデルになったと言われる男

アトス・ヴィルタネン(1906-1979)は、フィンランド出身の政治家、哲学者、詩人、小説家、ジャーナリストとして活躍した多才な人物です。政治家として、彼は社会民主主義者で、フィンランド社会民主党員としてエドゥスクンタ(国会)議員を5期務めたほか、1951年から1953年にはヘルシンキ市長を務めました。一方、文筆家としても活動し、1940年代に存在主義の影響を受けた作品を発表。詩集の出版やデビュー小説「Den farliga leken」(危険な遊び)の刊行など、哲学、詩、小説の分野でも活躍しました。新聞・雑誌への寄稿や、スウェーデン紙のヘルシンキ特派員を務めるなど、ジャーナリストとしても活動していました。さらに、1940年代後半から50年代前半は、トーベ・ヤンソンと恋人同士だった時期があり、彼女の代表作「ムーミン」シリーズのスナフキンのモデルになったとされています。ヴィルタネンは政治、文学、ジャーナリズムなど多方面で活躍し、フィンランドの文化・社会に大きく貢献した人物でした。